「眠そうっスね、大佐」

ざわついてはいるものの、平穏な朝の光景。そんな中ロイが欠伸をかみ殺す瞬間を目撃し、ハボックが足を止めた。

「朝まで中尉にしぼられてたんですか?」

短めに刈り込まれた固い栗色の髪。
(やはり違うな)昨夜の一瞬がフラッシュバックする。
ロイはまた湧き上がってきた欠伸を目尻の涙に変えながら答える。

「いや‥‥子狐に化かされてね」

「はあ…?」

ハボックは訳が分からないという顔をした。
それでも、気にしなくていいというジェスチャーに気を取り直しロイの隣に腰掛ける。

「近々京都から新顔が来るって噂ですけど」

早速懐から煙草を取り出しながらハボックが尋ねる。

「ああ。美人だといいな、ハボック」

確かにそれは事実だったので、ロイは適当に相手をしながら少しハボックから離れた。
部下が煙草を吸うのは構わないが、自分の衣服に臭いがつくのは困る。

「っ女なんスか!?」

しかし勢い込んだハボックは瞬時にその間を詰めた。
先週彼女に振られたばかりでは無理もない――振られる原因を作ったのは自分だが。
ロイは鬱陶しそうに顔を歪めた。

「そんなわけないだろう。男だ男」

「なんだ、期待させないで下さいよ‥‥‥‥」

喜んだのもつかの間、しぼんだ紙風船の様に肩を落としたハボックから再び距離を取りつつ、ロイは腕を組んだ。

「手紙に寄ればまだ十五だそうだがまあ、邪魔にならない程度に使えればどんな男でも‥‥」

「誰が使えないって?」

草履に蹴られ、砂埃がざりっと舞い上がる。
いきなり割り込んできた若い声に、ロイとハボックは揃って顔を上げた。
頬に掛かる長い前髪。露になった額、気が強そうな吊り目、腰に刷いた長刀。

「っお前は…!!」

髪と瞳の色こそ美しく陽光を照り返す濡れ羽色だったが昨夜の少年とエドワードは明らかに同じ存在だった。

「軍京都本部より只今到着しましたエドワード・エルリック、鋼少佐です。‥‥で、誰が使えないって?」

「しっ、失礼しました!」

ハボックはバッタのように頭を下げると風の速さで逃げていった。
エドワードは不敵な笑みでそれを見送る。
だがロイはハボックなどには目もくれず、ただエドワードを凝視していた。
朝の白い光とエドワードという存在がせめぎ合い、夢か現か判らなくなる。

「君とは…何処かで会ったかな?」

「―――俺はアンタなんか知らないね。アンタ誰?」

ふっとエドワードから何かが薄れ、現実が勝利する。
エドワードの返事はにべも無かった。
ロイの、青地に三本の太い白線が入った羽織を見て気付かぬ筈がないのに、あえて問うてくる。

「ロイ・マスタング焔大佐だ。口の利き方には気をつけたまえ」

本気でそう思っている訳ではなかった。
ロイはエドワードの反応が見たかったのだ。見ることで、エドワードを少しでも見極めたかった。

「アンタはそういうの好きじゃないと思ったんだけど?」

きちんと相対したのはこれが初めてだというのに、エドワードはロイの気性を正確に見抜いているようだ。
物怖じせず、真直ぐにこちらの本質を貫こうと挑んでくるエドワードの目には間違いなく昨夜と同じ鋭さが垣間見え、ロイは自らの鼓動が僅かに高鳴ってゆくのを感じる。

(――面白いな)

あまりにも日常とは異質な、ただの部下として扱うには興味深過ぎる存在。
悪い癖だと古い友人にはしばしば注意されているのだが、好奇心とは本来抑えられないものなのだ。

非日常のその先が目の前に歩いて来たとしたら、一体誰がそれを無視できるだろうか?

「建前は必要だろう――鋼の?」

何故自分が彼をそう呼んだのかは解らなかった。
何となく、エドワードの外見に不釣合いなその単語こそが彼に最も相応しいと感じた、それだけだった。
だが、エドワードは思いもよらぬ反応を見せる。一瞬のきょとんという表情の後、

「……いいね、その呼び方」

格好良いじゃん。
そう言って、エドワードは初めて年相応の笑顔を見せた。




どうでもいいことかもしれませんが、鋼少佐は『こうしょうさ』、焔大佐は『えんたいさ』とお読み下さい。

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