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――初めは、あの輝きに魅せられて。
涼やかな鍔鳴りの音がいつまでも耳に残っていた。
昨日の立ち回りは、まるで燕の様だった。
上官を上官とも思っていない生意気な態度も、不敵な笑みに隠された必死さも、全てが目を惹きつける。
〜露糸恋歌〜
ロイが詰め所に行くと、中庭でエドワードが刀を振っていた。
額に汗を滲ませながら仮想の敵を相手に風を切り、丁寧に型をなぞっていく。
構えから残心への淀みない動きは軽やかで、舞を見ているようでもある。
永遠に続きそうなそれを遮るのは少しもったいない気がしたが、ロイはエドワードに声を掛けた。
「お早う、鋼の」
「……」
「鋼の?」
エドワードは初め無視しようとしたようだが、ロイが立ち去らないでいると渋々縁側まで歩いてきた。
「お早う、鋼の」
「…はよ」
ロイは笑顔で、エドワードは不貞腐れ顔で、朝の挨拶。
「あー…昨日のことだけどさ」
「何だね」
「えーと…その…」
たった一言、礼が口から出てこないエドワードを、ロイは笑みを堪えて待つ。しばらく唸っていたエドワードは、本意ではないという顔付きでようやく、
「…借りは、いつか返す」
と切れ切れに言った。
「ア、アルがどうしてもって言うからだからな!調子に乗んなよ!」
「心得たよ。…ところで、鋼の。少し話さないか?」
やや強引な経緯ではあったが、過去を知ったことで心理的な距離が縮まったらしい。ロイが腰を下ろすと、エドワードは意外にもすんなり隣に座った。
「薩摩で修行したと言っていたな。剣もそこで?」
「ああ、師匠が『術を学ぶにはまず身体から!』って人で。無人島に一月放置されたあと、示顕流やら陰流やら見境なくやらされた」
あの時は本気で死に掛けたよ、と語るエドワードの顔は青ざめ、面白いくらいがたがたと震えている。苛烈な修行は恐怖体験として刻まれているらしい。
「だが身に付いたということは、才があったのだろう。私も人並みにはこなせるが、君ほどではない」
「そういえば、昨日狗を燃やしたのって大佐だよな?あれ、どうやってんの?」
そう問うてくるエドワードの目は貪欲な好奇心と知識欲を覗かせてキラキラと輝いている。
ロイが紅い入れ墨が施された右手を差し出すと、エドワードは鼻先をぶつけんばかりに近付け検分し始めた。
「基礎は神道…迦具土(かぐつち)?制御には、練成陣。実際に使ってる奴見たのは初めてだ…どうして陰陽道じゃないんだ?」
一目見ただけで構成を読み取るエドワードの知識量と理解力に舌を巻きつつ、ロイは質問に答える。
「術の起動が早い、というのが理由だな。一度描いてしまえば、何度でも使える」
陰陽道の符も同様の効果があるが、あれは使い切りだ。
「でも、これだと威力を調整出来ないんじゃないのか?」
「呪力を調節すればいい」
「調節って…」
ロイは事も無げな口調だったが、厳密な呪力の調整が言うほど簡単なことではないことは術者なら誰でも知っている。
飄々とした顔の裏に才能と努力が隠されていることを知り、エドワードの表情が僅かに変わった。
「アンタ、なかなかやるじゃん」
「お褒めに預かり光栄だな」
エドワードの瞳に込められた尊敬の色に、ロイは心地よさを感じ、そしてそれを感じた自分に驚いた。
勿論そんなことはおくびにも出さないけれど。
(ああ、これは――)
「君は?その刀、呪具だろう」
エドワードは傍らに置かれた二振りの刀をぽんぽんと叩いてみせた。
「ああ、これ?俺の幼馴染が鍛えたんだぜ。ウィンリィ・ロックベルって知ってるか?」
岩鐘という銘には聞き覚えがあった。小刀から呪物としての大業物まで何でも手掛ける一流の刀匠だ。
ロイはエドワードに断って一本を鞘から抜く。ずしりと重い。
よく呪力が練り込まれた無骨な刀身は陽を浴びて白く輝いた。
「彼女か?」
ロイからすれば自然な会話の流れだったが、エドワードはさっと頬を赤らめた。
「馬っ…違ぇよ!お・さ・な・な・じ・み・だ!」
「なるほど…?そういうことにしておこうか。で、背はどちらが高いんだ?」
「だーれが女に負けるほどの豆粒小僧か―――!!」
「自分で言ってるんだろう」
エドワードの拳をわざと嫌味な笑顔で受け止めながら、ロイは確信していた。
(これは、恋――かな)
そうでもなければ自分がエドワードとの他愛無い遣り取りをこんなにも楽しんでいることに説明がつかない。
(しかしまぁ…)
「不思議なこともあるものだ」
「え?」
知らず、心中の言葉が漏れていた。聞き返され、ロイは咄嗟に、エドワードの肩に零れる黒髪を掬い上げる。
「あ、いや…この髪。遅番の時はどうしてるんだ?」
艶やかな髪は絹糸のような手触りで、自分のそれより軽い気がした。毛先を弄ぶロイを、エドワードが戸惑い顔で見上げてくる。
「え、あ…髪は染めて…目は軽い幻術で誤魔化してる」
「なるほどな…」
「た、大佐…?」
「綺麗な髪だ」
「っ!べ、別に男なんだし、綺麗でもしょうがねぇだろ!」
台詞とは裏腹に、エドワードは再度赤面している。
呪われた髪をあえて綺麗だと言った。決して嘘ではないけれど、あざとい台詞だったとロイは己を笑った。
さっき自覚したばかりだというのに、エドワードを得ようと本気になっている。
―――自分から恋をするなんて、いつぶりだろう。
「もう、いつまで触ってんだよ!」
遊ばれていた髪をロイの手から逃がし、更に身体ごとエドワードが離れる。
ロイは(いつかと逆だ)と思いながらすぐさま間をつめた。
―――久しぶりで本気だから、逃がしたくなかった。
「悋気だな。いいだろう、少しくらい」
「暑苦しいんだよっ!…あ」
鞘でロイを殴ろうとしていたエドワードが、空を見上げて動きを止める。
「雨だ」
いつの間にか空は曇り、蜘蛛の糸のような細い雨が降り始めていた。
ちょっと修正しました。
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