*ある朝目が覚めると* 272/365
司令部に行ったら、大佐がいなかった。
汽車に乗る前に電話を入れたら『待っているよ』って言ってたのに。
でも、いつものように脱走したわけじゃないらしい。
常に冷静沈着なホークアイ中尉が、珍しく眉根を寄せて俺に言った。
『少し面倒なことになっているの』
面倒なこと?俺はそう尋き返したけど、中尉は首を振った。
『ここでは話せないわ。大佐は家にいらっしゃるからエドワード君、様子を見に行ってもらえるかしら?』
そんなわけで、大佐んち。
俺の手には報告書と、中尉に預かった書類。一応仕事が出来る状態ではあるらしい。
アルとは司令部で別れることにした。また猫を拾ってこないといいんだけど。
俺は芝生が綺麗に整えられた庭を抜けると玄関のノッカーを叩いた。
けど、反応が無い。絶対居るって中尉は言っていた。足の怪我で、歩けないとか?
「大佐?いないのか?」
もう一度ドアを叩く。すると今度は返事が返ってきた。
「鋼の?一人か」
「そうだよ。中尉から書類預かってきたぜ」
書類、という単語に溜息を吐いているような間があって、「今開ける」という声がした。
でも、なんだかいつもの大佐の声じゃない。変に裏返っているみたいな…。
俺が更に考えようとした時、カチリと鍵が開けられて。
「――やあ。よく来たね」
「え…大佐?」
ドアから覗いた大佐の顔は―――何故だかとても低い位置にあった。
「起きたらこうなっていたんだ」呆気にとられる俺を中に入れながら大佐は言った。
頭二つ分、ちょうど俺の胸くらいまで背が縮んでしまった大佐が。
「原因は?何か変な物食べたとか」
「君と一緒にしないでくれ」
合う靴が無いからだろう、足にはスリッパ、裾を何度も折り返したぶかぶかのパジャマといった格好で廊下を歩く大佐が、俺よりも高い声で否定する。
ってか、大佐が着ているのは俺がここに泊まるときに着てるやつじゃん!
俺の視線に気付いた大佐はその薄い肩を竦めて見せた。
「これでも大きいが、無いよりマシだ」
「…そりゃ良かったな」
「――大きいと言われて喜んでいるんじゃないだろうな」
「っんなわけねぇだろ!」
本当の意味で童顔になっちまったけど、こちらを見透かしてるような目はそのままだ。
俺は緩みかけていた頬を急いで引き締めた。
リビングに着くと、大佐は毛足の長いカーペットにそのまま座り込んだ。
大佐の背後にあるソファーに合わせた低いテーブルの上には、書類、万年筆、印鑑と一通りのものが揃っている。
まあ今の座高じゃ書斎の書き物机は使えないだろうしな。
俺から受け取った報告書に目を通しながら大佐はマグカップに手を伸ばした。
カップの重さに手首が少しふらついて、しかも中身が空だと判りがっかりした顔をする。
「少し待っていてくれ」
マグカップ片手にキッチンへ向かう大佐の背中を、俺は何となく目で追った。
足を踏み出すたびにぱたぱたと鳴るスリッパ。
どうしても引き摺ってしまうパジャマの裾に、背伸びをしないと薬缶に届かない腕。
あ、火傷した。ちょっと涙ぐんで指を銜えてるし。
な、なんかこれって……
「どうした鋼の?」
ソファーに座ってる俺とようやく目線が合う大佐。
なんか今日の大佐って……!
「鋼の!?」
俺は思わず大佐に抱き付いてしまっていた。
「いや、大佐が可愛いからつい…」
言い訳しながらも大佐の旋毛に頬を擦り付けるのは止めず。
この、腕の中にすっぽり収まる感じが堪らない。図らずも、大佐が俺をよく抱き締める理由が解ってしまった。
「鋼の…君は、私が何も出来ないと思ってるのかい?」
俺に抱き込まれたまま若干、若干低い声で大佐が脅しをかけてくるけど、そんなあどけない顔で凄まれても迫力は全く無い。
「出来ないだろ?身長差逆転してるじゃん」
そう、今まさに俺は大佐気分を味わっているんだ!そして大佐は俺気分を…!
なのに。
「それはどうか、なっ…!」
大佐がふっと息を吐いたと思ったら。
「っ!?」
何がどうなったのか全く分からぬまま、俺はソファーの上で大佐に圧し掛かられていた。
大した重さじゃないんだけど両腕は俺自身の身体の下敷きで、大佐が腹に乗っているから引き抜けない。
「……あれ?た、大佐?」
「何か言い残すことは?鋼の」
「えーと……本気?」
さらさらの黒髪が流れる真っ白な首筋とか、林檎みたいに赤くて小さい唇とか、ボタンを全部留めた襟元から覗く鎖骨とか。
さっきまでは可愛らしかった全てが急にやらしい雰囲気を纏い始める。
「勿論、本気だ」
そして大佐が口元に笑みを浮かべながら顔を近づけてきて…
―――いつものパターンじゃんこれ!
そう叫びたかったのに、俺の舌は実にあっさりと大佐に絡め取られた。
ここから先は、あんまり話したくないというか、ご想像の通りというか……
とりあえず俺は、恋愛に身長は関係ないんだ…ってことを学んだ。
追記。
なんだかよく分からなかった今回の大佐縮小事件は、次の日俺が大佐のベッドで目覚めたときにはよく分からないまま終わっていた。
結局、あれは何だったんだろう?
さらに追記。
大佐をボコッて宿に帰ったら、やっぱりアルが猫を拾ってきていた。
終
いつ書いたのか覚えてません。色々と滅茶苦茶…
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