微かに、しかし絶え間なく鼓膜を揺らす音で、雨が降っているのだと分かった。
昨夜久々に埋まったベッドのもう半分はもぬけの殻。
置時計を見ると、六時半だった。


280.毛布


ロイは恋人の姿を探して寝室を出る。
リビングへ足を向けると、ドアの向こうから声が聞こえた。電話でもしているのかと、音を立てないようにドアノブをそっと引く。
一つだけ開けられたカーテン。
窓際に椅子を寄せ、エドワードは外を見ていた。背を向けているので表情は窺えないが、先程の声は低い旋律だったのだと判る。

どんなに泣いても 手を伸ばしても もう届かない
ただ雨に打たれて
ゆらゆらと昇る夢の泡を見上げてる

長い髪を後ろに流し、窓から差し込む白い光をスポットライトのように浴びるエドワードは、そのまま光の中に消えてしまいそうで。

「随分早いな」

歌が途切れ、エドワードが振り向いた。彼が動くというそれだけのことに、ロイは何故か安堵する。

「起こしちまった?」

「いや。…珍しいな」

エドワードは普段滅多に歌など歌わない。ロイの言葉にエドワードは少しだけ眉を寄せた。

「大分前に、どっかの誰かが道端で歌ってた。…大して上手くも無かったのに、妙に頭に残っててさ」

「……」

エドワードの肩に触れると、シャツはひんやりと冷えていた。起きてからずっとここにいたのだろう。
窓ガラスを縦に連なる水滴が、エドワードの肌に微妙な陰影をつけている。
外の音は雨に吸い取られ、二人が黙るととても静かだった。
エドワードは大きな金色の瞳でロイを見上げている。普段の生気溢れるそれではなく、空模様を映すかのように冷めた目だ。
しかし、今度の旅の途中で何があったのか、何を思ったのかを、ロイは訊ねない。朝早くに目が覚めて、雨を見ながら名もない歌を口ずさんでしまうような何かは、つまりエドワードの内部だけで収めたいような事なのだろう。それは、知らぬ間にできた二人の不文律だった。

「コーヒーでも飲むか?」

だから、ロイはいつもの調子で言葉をかける。エドワードの無言の求めに応える。

「ああ、腹も減ったな。飯作るか」

そう言って立ち上がろうとするエドワードを、ロイは制した。

「私がやろう。それとも、その前にベッドに運ぶか?」

今まさに腰に手を当てようとしていたエドワードは、真っ赤な顔でロイに噛み付く。

「っ余計なお世話だ!!」

ロイは頓着せず、エドワードを軽々と抱き上げた。

「大佐っ!!」

石鹸の香りがする髪に鼻を埋め、己の思い付きを囁く。

「今日は一日、ベッドで怠惰に過ごすことにしよう。…たまにはいいだろう?」

手触りのよい毛布に包まって、コーヒー片手に本を読んだり、うたた寝したり――お互いの体温が感じられる距離で。
今必要なのは言葉ではなく、きっとそれだ。

「…アンタがそうしたいなら、それでいい」

少しの沈黙の後、エドワードはロイの肩口に頭を預けた。
ロイの答えを誉めるように――あるいは、早くも温もりを催促するように。






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