|
39.ドラッグ
ドアを閉めるなり、ロイはエドワードの身体を抱き寄せ、キスをした。
「んんっ…!?」
エドワードの抵抗を押さえつけ、角度を変えながらじっくりと唇の柔らかさを味わう。
それでも三分は経っていなかっただろう。唇が離れ、お互いの目が合うとエドワードはロイの胸板を押して背中に回された腕を解くよう要求した。
「何すんだよっ、いきなり…!」
エドワードのその反応は予想済みだったため、ロイは無視してエドワードの瞳をじっと覗き込む。
「君がここに戻ってきたのはいつぶりだい?」
形勢一転。ぐ、と汗を滲ませたエドワードは至近距離の視線から逃れようと身を仰け反らせたが、それは無駄な努力だった。
「う、う………よ、四、ヶ月…?」
「正解だ。正確には四ヶ月と十日だが…さて、何か言うことがあるんじゃないのか?」
窮地のエドワードはロイの真剣な表情に隙は無いかと探す。だが、「イーストシティに戻る」という連絡を受けるまで三ヶ月、結局顔を見るまでに百三十二日間も待たされたロイの殺気はちっとも治まる気配が無く、エドワードは渋々と口を開いた。
「―――悪かったよ」
おまけの大サービスとばかりにエドワードからキスを送って。それでひとまず機嫌は直ったのかロイは微笑とともに腕の力を緩める。しかし解放されたエドワードは、訝しげにその顔をロイの胸に押し付けた。
「っていうか…大佐、煙草臭いんだけど」
煙草吸ってたっけ?と尋ねられ、ロイは眉を下げて曖昧に頷いた。
「ああ…たまにな。気を付けていたんだが…気になるかい?」
「気になるって程じゃないけど。少尉とかと違ってかなり近くないと判らないし」
なおも確認するようにくんくんと鼻をひくつかせてからエドワードは首を振る。見回しても執務室の卓上に灰皿の影はない。確かに常用していた訳ではないらしかった。
先程ホークアイが置いていったコーヒーカップをテーブルから取り上げ、ソファーに深々と座るエドワード。
「百害あって一利なしだろ?ニコ中にならないようにしろよ」
忠告に苦笑し、ソファーの背凭れ越しに後ろから顔を寄せたロイがエドワードの耳元で囁く。
「心配無用さ。煙草をくわえている暇があったら君の唇を味わいたいからな」
「っっっ!?」
電流を流されたようにエドワードがぱっと身を起こす。半分近く残っていたコーヒーが揺れ、微かな音を立てて紅いコートに染みを作った。
エドワードは背後のロイを振り返る。だが、視線が交わっていたのは一瞬。エドワードの方が戸惑うように目を逸らした。
「ま、またそういう歯の浮くような台詞…!ほ、ほらこれ、報告書だから!じゃあな大佐!!」
ばたばたと鞄から出した報告書をテーブルに放り投げ、エドワードはダッシュで執務室を飛び出していってしまった。
「……」
扉の向こうから兄弟の「行くぞアル!」「えええ!?ちょ、ちょっと待ってよ兄さん!」などといった遣り取りが聴こえてくる。鎧が擦れる金属音が遠く消える頃、ノックとともにホークアイが入ってきた。
「逃げられてしまった」
「そのようですね」
エドワードのコーヒーカップをトレイに載せ、ホークアイが淡々と答える。呆然と立ち尽くしていたロイは、ようやくエドワードが残していった紙の束を取り上げると自分の椅子に身を預けた。
その指が無意識に胸元に伸びる。
「―――ちしますか」
「…え?」
ロイははっと我に返り、ホークアイの無表情と、いつの間にか煙草を挟んでいる己の左手を交互に見た。
「あ、ああ…いや、あー…」
火を付けるか煙草をしまうか両手を彷徨わせるロイ。ホークアイは溜息も吐かずに素早くアルミの灰皿を持ってくると「程々に」と言って隣室に消えた。
執務室に静寂が訪れる。
少しの間のあと、指を鳴らす音が響き、紫煙を吐き出す溜息が続いた。
「鋼の…」
当然、答えは無い。細い煙がその身を捩るように形を変えながら天井へ昇っていくだけだ。ロイは気怠くそれを眺めた。
何処にいるとも知れないエドワードを想って煙草を吸うようになったのはいつからだろう。屋上で、執務室で、家で、遠くを見ながら、一本だけ。
ニコチンの麻薬性に囚われている訳ではない。
煙草は苦く。エドワードとのキスを塗り潰すようにざらざらと舌を刺す。
―――それでも、キスの甘さを思い出して焦がれるよりずっといいから。
手袋をはめた右手が音を立てて。灰皿に落ちた吸殻がフィルターまで跡形もなく燃え尽きた。
「全く…こんなにのめり込んでいると、君は知らないだろうね。鋼の」
書き始めたのが三月九日だったので39。
|