樫でできた分厚い扉の前で立ち止まり、襟元を整え、袖を引っ張る。
左遷先の上司に敬意を払う気は更々ないが、早期復帰のためには好印象を与えておかなくてはならない。
ノックを二つ。
「どうぞ」
凛とした声。
若い。ロイより若いだろう。
引っ掛かりを覚えつつもロイは無表情を保った。
「失礼します」
きびきびとした動作で部屋に踏み込み、踵を鳴らし敬礼する。
「本日付でこちらに配属となりました、ロイ・マスタング少佐であります」
部屋の主はロイの声にペンを置くと伏せていた顔を上げてロイを見た。
春の日差しに黒髪のロイとは対極の金糸が柔らかく光る。
僅かに吊った大きな目。
白磁のような肌と桃色の唇。
癖の無い長い前髪を真ん中で分けている。
「ロイ・マスタング少佐、ね。俺はエドワード・エルリック。地位は大佐だ。よろしく」
そう言ってエドワードは笑った。
幼さを多分に含んだその顔は大佐にも、当然未だ争乱が収まらない東方の司令官にも見えない。
「は…」
「それじゃ、仲間を紹介するから付いて来い」
立ち上がったエドワードの後ろで光が揺れて、彼の髪が長いことが判った。
そして、彼がかなり小柄なことも。
成人男性の平均身長であるロイの胸にやっと届くほどしかない。
「……なんだよ」
殺気が込められた眼で見上げられ、ロイは慌てて首を振った。
あからさまな地雷を踏むほど間抜けではない。
沈黙により危機は回避されたらしく、エドワードは何事も無く隣室と繋がるドアを開けた。
「はいはい注目〜!」
エドワードの声に始業の準備をしていた数人が立ち上がる。
エドワードはそれを端から指差していった。
「えーっとリザ・ホークアイ中尉、ジャン・ハボック少尉、ヴァトー・ファルマン准尉、ケイン・フュリー曹長ね。そして今日は非番でいないけどハイマンス・ブレダ少尉。これで俺の直属は全部」
少ないな、とロイは思った。司令室が広く見えると言うことは、このメンバーが通常司令官の部下として適当とされる人数に達していないということだろう。
エドワードは身体の向きを変える。
「そんで、こっちが今日から配属になったロイ・マスタング少佐だとさ」
随分投げ遣りな言い草だ。だが文句を言うわけにもいかず、ロイは眉を微かに上げるに留めた。
「色々な手順の説明は中尉に任せてもいい?」
「分かりました」
エドワードのフランクなお願いに対し、大きなバレッタで髪を留めた若い女性将校はきっちりと敬礼する。
「マスタング少佐」
「はっ」
「そういう訳だから。後何か分かんなかったら中尉に訊いてくれ。以上、解散!」
それだけ言うとエドワードはさっさと執務室に引っ込んでしまった。
集合していた面々も思い思いの返事をしながら散らばっていく。
「それでは」
カチリ、とペンのキャップを閉め、ホークアイがロイを促した。
「行きましょうか」
ロイの仕事はエルリック大佐の補佐。
デスクワークに地方の差など出るわけも無く―――強いて言えば量だろう―――司令部内を案内され、幾つか注意点を教えられただけでもう説明はお仕舞いだった。
だが、司令室に戻ってみると…
「…なんだこれは」
ロイに与えられたデスクは―――まだ何の私物も置かれていないデスクは、書類で埋まっていた。
「いやー、今まで大佐しか左官がいませんでしたからねぇ。助かりますよ、少佐」
銜え煙草の背高な男が親しげに話し掛けてきた。
「ハボック少尉…だったか?」
「うぃ。よろしく、マスタング少佐」
ハボックはおどけた仕草で煙草を上下させた。
早速仕事に取り掛かろうとするロイを引き止め、ハボックは話好きなのか何なのか椅子ごとロイに身を寄せてくる。
「びっくりしたでしょう」
「何にだ?」
「俺等の大将に、ですよ」
第一印象は透き通っているのに眩しい琥珀。
「まあ…あんなに若いとは思わなかった」
「少佐、幾つです?」
「29だ」
ハボックは飴玉を飲み込んでしまった時の顔をして口を閉じた。
「…何だ」
「童顔って言われません?」
「…ところで訊きたいんだが。大佐はお幾つなんだ?…答えろ、若造」
図らずも地雷を踏んでしまったハボックはその姿勢のまま急いで答えた。
「聞いてびっくり、15ですよ!?ざっと少佐の半分ですね」
「…半分」
ロイの声がさらに一段階低くなる。
(老けてるって言われても怒るのかこの人!?)
二つ目の地雷に冷や汗を浮かべ回避策を探すハボックだったが、そんなことは些細なことだと言わんばかりに―――銃声が二人の間を引き裂いた。
「言い忘れました。私語は慎んでください」
「「…イエス、マム」」
若干15歳の司令官や無表情に同僚へ銃口を向ける中尉。
イーストシティは長閑で退屈な田舎などではない。
セントラルとは違う意味で恐ろしい―――少なくともこの司令室は―――場所なのだとロイはひっそり認識を改めた。
新しい上司は有能であるらしかった。
次から次へと仕事は湧き上がり、それなりに忙しく働いて日が暮れた。
終業の鐘が鳴ると皆一様に帰り支度を始める。
イーストシティに来たばかりのロイに誰かと待ち合わせの予定などはある訳もない。
勿論家に帰っても一人きりだ―――無論それが寂しいということではないが。
夕食はどこかで適当に済ませて、酒を買って帰ろう、などと窓の外の茜色をぼんやりと見ていたロイをハボックがつついた。
「ほら少佐、何してるんですか。行きますよ?」
何がなんだか分からない。
「行くって…一体何処へだ?」
ハボックも訳が分からないという顔をした。
「何処って…決まってるでしょう。少佐の」
「歓迎会だよ!」
振り返ってみれば、エドワードが腰に手を当て満面の笑みを浮かべていた。
あああ始めちゃった…始めちゃったよう…!
え…えっと…気長にお待ち下さい……otzガタブル