|
昼に蓄えられた温もりはすっかり消え、闇色の空に満ち始めた月が霞んでいる。
等間隔に並ぶガス灯が微睡む街の姿を浮かび上がらせた。
すれ違う人は無く、ロイとエドワードの足音が冷たく石畳に反響する。
ロイはエドワードをそっと呼んだ。
「…大佐」
「黙って。分かってる」
同じ支給物の軍靴なのに微妙に高さが違う二人の足音。六歩に一回重なるそれに、いつからか異分子が混じっていた。
「どうしますか」
エドワードが囁き返す。
「このまま気付かない振りをして、俺の家の直前で取り押さえる」
エドワードは無警戒を装い、前を向いたままだ。ロイもそれに倣いながら、己の神経を尖らせていく。
二度、路地を曲がる。足音が少し近くなったような気がした。
エドワードが歩調を緩めた。右手の建物がエドワードの家であるらしい。
ロイにしか聞こえない声量で、エドワードがカウントダウンを始める。
「10秒前。8、7、6、5、4、」
黒い鉄製の門の前でエドワードの足が止まる。閂を外す振りをして―――
「2、1、今!!」
エドワードは鋭く振り返ると曲者が潜んでいる方へと走り出した。
動揺したのか、暗色系の服で闇に紛れていた男がたたらを踏んだ。
そこはプロ、一瞬で持ち直し光らないナイフを構えて目的を果たそうとするが、その一瞬でエドワードには十分だった。
「遅いっ!」
ぱんっ!
エドワードの手のひらが打ち合わされると右の手袋を切り裂いて刃が現れ、それが煌いたかと思えば襲撃者のナイフは宙を舞っていた。
さらにエドワードは無手になった襲撃者の脛に蹴りを見舞い、その喉元に刃を突き付ける。
「無駄な抵抗はやめろ。暗殺未遂の現行犯でお前を逮捕する。黙秘権なんてねぇからな」
「ぐっ…!」
「…っ大佐!」
一連のやり取りを―――十秒に満たなかったので無理もないことだが―――呆然と見ていたロイはようやくエドワードに走り寄った。
「お、大丈夫だったか、少佐」
事が終わった途端現れた軍人達―――どうやらあらかじめ配置されていたらしい―――に曲者を引き渡していたエドワードが振り返る。
「こっちは囮でその隙に…って可能性もあったからな。無事で何より」
「そんなことより…!」
「なんだよ、要人警護くらいやったことあるだろ?」
また手を打ち鳴らして刃を袖の中にしまいながらエドワードが台詞を遮った。
よく見ればエドワードの右手が機械鎧であることや、練成陣無しの錬金術に関心及び驚愕を覚えたはずだったが、今のロイには全く意識されなかった。
「―――真面目に聞いてください!!」
「っ…!」
夜気をびりびりと震わせる怒声にエドワードが首を竦めた。
「襲撃を事前に知っていたなら何故私と二人きりで無防備に歩いたりしたんです!それだけならまだしも、何故唯一の護衛である私に説明しなかったんですか!?全く…死にたいのか貴方は!!」
血相を変えてまくしたてるロイをエドワードはぽかんと見上げた。
どうしてロイが怒っているのか解らないという顔をしている。
「ぁ……と…悪かった…ごめん」
剣幕に押されて零れた気の抜けた謝罪に、ロイはようやく我に返り、その表情が引き攣る。
「あ…!申し訳ありません、無礼な真似を…!」
「いや…俺の方こそ…」
ロイを中心に、辺りの軍人にまで気まずい空気が広がる。
「―――もう終わったのでしょう。失礼します」
「あっ…」
目を合わせずに敬礼し立ち去ろうとしたロイの手を咄嗟にエドワードが掴んだ。
「その…本当ごめん…おやすみっ」
「あ…!」
エドワードはロイの答えを待たず門の中へ消えてしまった。
「………」
左遷生活二日目はホークアイの痛烈な皮肉から始まった。
「くれぐれもよろしくお願いしますと申し上げたはずですが?」
「…面目無い」
司令官襲撃事件が結果オーライで済む問題ではないことは理解しているが、結局無事だったのだからいいじゃないか、と思わないでもなかったが、ホークアイの氷の視線に沈黙を選ぶ。
「中尉〜報告書のチェックお願いします!」
フュリーの助け舟で針のむしろを脱し、ロイは自分のデスクに辿り着いてほっと溜息を吐いた。
「お疲れっす」
銜え煙草で出勤してきたハボックが、椅子を軋ませながらロイを労う。
「無事だったんだからいいじゃないスか、ねぇ?」
図らずも先程のロイの心中と同じ台詞である。
「ハボックお前、知っていたなら教えろ」
昨夜のことを思い返すと自然、眉間に皺が寄る。
今回は無事だったからよかった。
だが、次はどうだ?
次、もし―――無事では済まなかったら?
何も知らないまま、事態が最悪の終結を迎えてしまう可能性。
「教えてても一緒でしたよ。もし中尉が護衛でもね。いつも先陣切っちまう」
ウチの大将喧嘩っ早くて、とハボックは紫煙を吐き出した。
「中尉の銃の腕前は知れ渡ってますからね。そういう意味じゃノーマークの少佐を選んだ判断は正しかったんじゃないですか」
「しかし…」
理屈を並べられても納得できない。
あの時感じた焦燥は簡単に消えたりはしない。
一瞬で胸を食い破るかのような痛みは忘れることなどできず、簡単に蘇る―――
ハボックは険しい表情のロイを宥めるように何度も頷いてみせた。
「そのために俺らがいるんでしょ。頑張ってくださいね、少佐」
「何故私の肩を叩く」
「だって昨日二人きりで話してたじゃないですか」
「それは…」
ジャキン。
「私語は」
「「はいっっ」」
今日のホークアイは引き金が随分軽くなっているようで、その原因はハボックと揃って素早く座り直した。
|