|
*誰?* 108/365
私は脈絡の無い疑問を舌に乗せた。
「榎さんは何故ああも僕を猿猿呼ぶかなぁ?」
「何故って、そりゃ似ているからだろう」
そんな私の行動に慣れ切った中禅寺の反応はにべも無い。
視線さえ手元の本に固定されたままだ。
「君までそんな事を言うのかい?」
中禅寺は私を無視した。
仕方が無いので、私は一人で榎木津への意趣返しを考え始める。
「それなら僕にだって考えがあるぞ。榎さんは…うー、榎さんは……」
榎木津は何に似ているだろう?
榎木津は何と呼ばれれば嫌がるのだろう?
―――榎木津は何にも似ていないし、何と呼ばれても意に介さない気がする。
「浮かばないんだろう」
何故彼は私が突かれたくないところだけは律儀に指摘するのか。
私はやや赤面しながら反論した。
「ぅ、煩いな。君なら簡単だよ」
「ほう?」
中禅寺はようやく顔を上げた。珍しく興味が湧いているのか片眉を上げて私を促す。
「君は―――君は、狼だ」
恐ろしく賢い、痩せた灰色狼。
それが、私が抱く京極道のイメージだった。
眼前の『狼』はゆっくりと目を細める。まるで獲物を見定める様に。
「そりゃまた、どうしてだい?」
イメージに確固たる根拠を付加できない――中禅寺なら或いは出来るのかも知れないが――私は当然舌を縺れさせることとなる。
「え…う、上手く言えないけれど…なんとなくだよ」
「関口君」
狼は小さく、しかしはっきりと鳴いた。
ピンで標本にされたように、私の意識が縫い止められる。
狼は喰いかけの知識を膝に置くと、研ぎ澄まされた爪の隠れる手を私に伸ばした――冷たい手が、頬に触れる。
私の身体は勝手に震えた。
その瞬間、中禅寺の顔が哀しそうに曇る――そう見えただけかもしれないが――幻覚に虐げられていた私の理性が主導権を取り戻した。
(違う!…これは、ひとの手だ!)
「ご、御免…」
いつの間にか口の中はからからに乾いていて、声は酷くしゃがれていた。
狼が―――否、中禅寺が眉を上げる。
「何故謝るんだい、関口君」
「う…」
君を狼と錯覚したんだ、などと恥ずかしくて言えたものではない。
だが、中禅寺には私の思考を見抜くことなど造作もないのだ。
榎木津の渾名を考えていた筈が何故こうなってしまったのだろう。中禅寺の嘆息が耳に痛い。
「…君が僕を何に喩えようと勝手だけれどね。僕は紛れもなく人間だぜ」
聞き分けの無い子供を諭しているような調子でそう言う中禅寺を見上げ、私は何度も頷いた。
「う、うん」
「それが解っているならいいさ」
何がいいのだろう。
全く訳が解らない私を置き去りにして、中禅寺は何事も無かったかのように読書に戻っていた。
己の内に籠もって何事かを考えている関口の横顔に、中禅寺は心中で囁き掛けた。
僕は狼などじゃなく――悪人なんだよ、関口君。
甘言を弄して君を手に入れようとする、悪い男なのだ。
終
男は狼なのっよー、気をつけなさーいー♪と思わず歌っちゃいますよ。関口君→羊で。
まだくっつく前、でしょうか。
Kgd
|