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見えないことは、とても怖い。
おそらく視力を失った自分は一歩も動けず、その場に蹲るだけだろうけど。
312.目隠し(三橋、阿部大学生で同棲中設定)
「三橋?」
15インチの液晶に映っているのは、徐々に光を失っていく女がそれでも真実の愛を掴む物語だ…多分。始まってから三十分程しか経っていないので、ただの推測だけれど。
阿部と三橋は画面から適正な距離を置き並んで見ていたのだが、不意に三橋が席を立ったのだ。二人ともそれ程意欲的にドラマを見ていたわけではなかったし、トイレかコーヒーのおかわりだろうと思っていた阿部だが、三橋が大きなビーズクッションを部屋の隅から持って戻ってきたので驚きに軽く目を見張った。
濃紺のクッションを抱きかかえて座布団に座る三橋はマジ観モードである。日本プロ野球か、甲子園か、メジャーリーグの試合が放送されるときくらいしか見ることがない三橋の集中ぶりに、阿部はなんと話しかけたものか躊躇してしまう。
とりあえず何か三橋の興味をそそるようなものがあるのかとドラマの内容を追いかける。
主人公の人生は波乱万丈(45分現在)で演出はドラマティックかつロマンティック(ある意味当然)、台詞に飾り気が無いことに少し好感を持てる気がする、が。
(野球のやの字も無いんだけどな…)
何か別に作業しつつならともかく、真剣にこのドラマを観ようとは思えなかった。
(まあ、別にいいけど)
特に観たい番組も無い。阿部は三橋の視界に入らない場所で今日出された課題に取り組むことにした。
二時間後。課題は終了。
ドラマは紆余曲折を経ながらも最後はめでたしめでたし良かったね、といった風の大団円で終了した。阿部に言わせれば「つまらなくはない」程度だったが、エンディングロールにふう、と溜息を吐いて立ち上がり、座りっぱなしで強張った身体をほぐしている三橋は面白かったのだろうか。
「今の、面白かったか?」
それなりに満足気な様子の三橋に阿部は率直に聞いてみることにする。
三橋は上体を左に傾けた体勢のまま阿部を見下ろしたが、小さく首を傾げた。
「うーん…あんまり、かな」
「その割には熱心に観てたじゃねぇか」
意外な回答に阿部は心中の疑問符を一つ増やす。凝りは解せたのか、三橋はテレビの反対側にあるベッドに倒れ込むと曖昧に微笑った。その表情を見た阿部は少し移動して三橋に軽くキスをしてやる。三橋が目を閉じたので、阿部はそのまま何度もキスを落とした。
「三橋…?」
耳元で名前を囁けば、くすぐったがるように身を捩った三橋は阿部の頬にキスを返し呟いた。
「俺は、目が見えて良かったなぁ、と思って。…きっと、すごく怖いだろうから」
「見えてたのに見えなくなるのは、そりゃ怖いだろうな」
「うん」
…答えになっているような、いないような。五年前より遥かにスムーズになった意思疎通だけれど、結局三橋があのドラマのどこに惹かれたのかはよく解らなかった。
「阿部君」
「ん?」
「…なんでもない。お風呂、入ってくるねっ」
「ああ」
元気良く起き上がり、ぱたぱたと廊下へ出る三橋。
―――主人公の恋人が少しだけ阿部に似ていたから。
失明の恐怖と戦いながら恋人を情熱的に求めた主人公。周囲の反対や困難を乗り越えて主人公に応えた恋人。
それが少しだけ羨ましくて、見入ってしまったのだ。
(俺は、きっと怖くて、あんな風には動けないよ)
―――それでも、阿部君は手を取りに来てくれる?
訊いたら「無意味な妄想!」とか何とか、また叱られるだろうから止めたけれど。
(来てくれる、よ)
昔とは違うから。自分と阿部はお互いに信頼と絆で結ばれた、恋人同士なんだから。
そう思える自分に、三橋は服を脱ぎながら一人、微笑んだ。
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