ただ毎日が楽しくて、バスケが好きで、チームメイトが大好きで、それ以外は何も考えられなかった。
そう思っていたけれど、本当は違ったのだ。
*流れる* 69/365
「どこっスか黒子っち!…あーもうっ!」
黒子が本気で逃げようと思ったら、黄瀬にはもう無理だ。
「黒子っち!」
じっとりと重いスニーカーが煩わしい。夜の雨には体力を奪われる。黒子も濡れているのだろうか。それとも雨宿りをしているか。
「クソッ…」
ビニール傘を放り出して濡れていたら、心配してくれるだろうか。慌ててくれたら嬉しいが、黒子は頑固だからそのまま放っておかれそうな気もする。なら、もう帰ったほうがいいのだろうか。でも、もし黒子も濡れていたら?
「黒子っちのバカ…」
まだ傘は未練がましくさしているけれど、服は肌にぺっとりと貼り付いてとても寒い。帰るべきか、帰らざるべきか。決めかねて、足を動かせない。 しばらく経っても思考が停止しているのに気付いて、黄瀬はのろのろと携帯を取り出した。反応が悪い指でメールを打つ。
『俺、どうしたらいいと思う?』
白く光る画面を見つめて幾呼吸、思い直して打ち直す。
『濡れてないスか?気を付けて。』
慎重に送信ボタンを押して、黄瀬は溜息を吐いた。
「…帰ろ」
自分が幾つにも分裂していた。ある者は疲れて帰りたがり、ある者は感傷的に立ち尽くしたがり、ある者は冷静に風邪を引いてはプロ失格だと批判していた。諦められず、誰かに助けを求めたかったがそれを咎める自分もいた。 体は勝手に覚えている道を歩く。鍵を開けて、濡れた服を洗濯機に投げ入れる。
おざなりに体を拭いた後、やっぱり念のためシャワーを浴びた。
「寝なきゃ」
こんなに落ち込んでいても、ベッドに転がって明かりを消せば疲れた体は沈んでいく。
(明日…は…)
黄瀬の呼吸が寝息に変わった。
着替える前にコートを覗く。 いつも通りの黒子の姿を壁際に見つけ、心の底から安堵した。
「はよっス」
「おはようございます」
昨日と変わらない挨拶を交わす。
「もー、何でメール無視するんスか!」
「すみません、眠くて」
昨日と変わらない会話を交わす。
「たまには黒子っちからメールして欲しいっス!」
「黄瀬くんに送ると一杯返ってくるから嫌です」
「うわ、酷くないスかそれ!…マジで」
昨日とは違う視線を、交わす。
笑顔を作る頬が痛む。言葉を紡ぐ喉が熱い。
黄瀬を見上げる黒子が揺らいで。
「黄瀬く」
「オレ、着替えてくるっス!」
最速の動作で踵を返した。奥歯を噛み締めて、目線を上げる。
更衣室へ走りながら、胸の奥の熱いものを、黒い小箱に力一杯押し込めようとする。
とにかく隠してしまわなければ、何も考えられそうになかった。
初黒バスは初黄黒。続くかも?