01. お前は私に逆らうべきではない
王は気だるげに葡萄酒の入ったグラスを口に運んだ。けれど最上級のそれすら、舌に何の刺激ももたらさない。
今側近が朗々と読み上げている書簡も、修飾語を除いてしまえば本質など僅かしか残らないのだ。
「嘆願書とは…反乱でも起こせばよいものを」
なんてつまらない。
眼下では泥だらけの、襤褸切れのような服を身に纏った一人の青年が、深紅の絨毯に膝をつき頭を垂れている。左右から近衛兵に槍を突きつけられた状態で、男はただ王の言葉を待っていた。
「まあいい、お前達の望みは叶えよう。ただし、一つ条件がある」
男が堪えきれずに顔を上げた。すぐさま兵士が動いた男の首筋に槍を突きつけるが、歓喜の表情で瞳を輝かせる男はそんなことには気付いてすらいないようだった。
「我等が村をお救い下さるのならどのようなことでも果たしましょう!」
「お前が私のものになることだ」
その言葉はほんの気まぐれだった。力余りある王にとって、辺境の小さな村の嘆願など紙切れ一枚で片付くような些細なものだ。常なら無視しただろうそれにそんな条件を付けたのは、日頃の退屈を紛らわそうと思いついたからに過ぎない。
「村へ帰ることは許さない。私の命令に逆らうことも許さない。自由という言葉など忘れろ。今この瞬間から、お前という存在は塵一片まで私のものになれ」
村を代表して直訴に来るほど村を愛する男だ。村の平和と引き換えに、愛する人と愛する土地への帰り道を失うことはいかばかりの苦悩だろうか。
王の嬲るような言葉に、しかし傷だらけの男は柔らかに微笑んで見せる。
「いいえ。私は村を出る際に死を覚悟して参りました。ここに立った時から既に、私は貴方のものです」
土と傷に塗れた男は、それでもその言葉によって美しかった。
王は鋭い目を細める。困惑と好奇を誰にも悟らせぬほど微かに滲ませ、男に尋ねた。
「———お前の名は」
「キラ。キラ・ヤマトです、アスラン・ザラ国王陛下」
そして王は運命の半身を知る。
アスキラっていうよりはザラキラです。
口調が全く違うことは気にしない(断言)。