05. お前でなければ、誰が私を守るというのだ
「お腹空いたなあ…」
自分の家は、というか自分がいた村全体が貧しかったから、空腹には慣れていた。
でも、王城に嘆願書を出しに行ったその日から暮らしは一変して。質素倹約を心掛けてはいたものの、豊かな食生活であったことは否めない。
だから、コレは初心を思い出す良い機会なのだ——とは、とても言えないけれど。
「早く脱獄しないといけないのに…」
キラは監視役の兵士に聞こえないようこっそりと呟く。
未だ戦争の終わりが見えない中、自分の不在はどれだけの痛手だろうか。
窓の無いこの牢獄では時間の感覚がない。
キラは今にも自壊しそうな椅子から立ち上がると堅固な鉄格子の前へと移動した。
「何だ、口を割る気になったのか?」
兎のように紅い瞳を黒髪の間から覗かせる少年兵が、近付いてくるキラを睨みつける。
「僕は暴力には屈しないよ、シン」
「馴れ馴れしく呼ぶなっ!」
顔や腕など露出している部分のあちこちに見える蹴られた痕から、シンは思わず目を逸らした。監禁されて一週間経つというのに口も割らず、そのくせ穏やかな顔でいるこのおかしな捕虜をどう扱えばよいのか、シンには分からなかった。
「…アンタ、何なんだよ」
「僕はキラ・ヤマトだよ」
「そうじゃなくて!アンタさあ、いつ処刑されるか分からないんだぞ?なのに、なんでそんなのんびりしてられるわけ?」
シンの言葉をきょとんとした顔で聞いていたキラは、そんなことかとにっこり笑った。
「僕は死なないよ」
「な…何言ってんの?いざとなったら裏切るってこと?」
「僕の全てはアスランのものだから。陛下に死ぬなと命令されたから、僕は死んではいけない。解る?離れてたって、僕はずっと陛下の部下なんだ…」
シンははっとして後ろに飛び退こうとしたが遅かった。いつの間にかぎりぎりまで鉄格子に近付いていたキラに利き腕を捕らえられてしまう。
「くそっ、放せ!」
「ごめん。でも、帰らないといけないんだ。鍵はどこ?」
「教えるわけ…!!」
逃れようともがくシンを押さえつけていたキラは外が騒がしいことに気が付いた。
通路へ続く鉄扉の隙間から、微かにではあるが誰かが戦闘をしているらしい音が近付いてくる。
「何…何なんだよ、一体…!?」
ただならぬ気配を感じて混乱するシンのベルトからこっそりと鍵を掏り、キラは用済みとなったシンの腕を放した。
「え?あっ、アンタ…!」
すぐにシンは鍵を盗られたことに気付いたものの、キラが檻を抜け出る方が早かった。
「っ行かせないからな!」
表情を険しくしたシンは腰の剣を引き抜き、丸腰どころかまともな服すら着ていないキラに刃を突きつける。
「シン…僕を行かせて」
「解ってる…アンタの仲間が、助けに来たんだろ?アンタはそのくらい重要人物ってわけだ。でも、だからこそ!アンタを行かせたら…アンタはまた、大勢人を殺すんだろ!?そんなこと、絶対にさせない!!」
シンの悲壮な叫びを、キラは己も哀しそうな顔で最後まで聞いていた。
泣き出しそうな顔で剣を構えるシンと対峙し、慎重に間合いを測りながらキラは静かに言葉を紡ぐ。
「そうだね…君の言うことは正しい。僕はたくさんの人を殺したし、これからもたくさん人を殺す。もし死後の世界があるなら、僕はきっと地獄行きだ。…でも、決めたから」
「決めたって、何を…?戦争だから?勝つために必要だから?だから殺すって?」
キラは一度だけ首を振った。
「違う。———僕は、アスランの剣になる。アスランに代わって人を殺し、アスランに代わって血を浴び、アスランの分も罪を背負うって、決めたんだ。アスランなら、僕の望む平和な世界を創ってくれるって信じてるから。だから…ごめん。僕は行くよ」
「行かせるかっ…!」
シンからはキラが突然消えたように見えたかもしれない。
キラは身を低く沈め、一跳びでシンの懐へ入り込んだ。思うように剣を振るえないシンの腕を取り、先程のように羽交い絞めにする。落ちた剣を部屋の隅へ蹴り飛ばすと、更に軽い音を立ててシンの右肩を外してしまった。
「ぐっ…あああああ!」
「ごめん。これ、貰っていくね」
シンの剣を拾いあげ出て行こうとするキラを、シンは床に膝をついたままで呼び止めた。
「俺のこと…は、殺さ、ないのかよ」
キラは振り向かずに淡々と答えた。
「それは———君に殺されるなら仕方ないって思えるからかな」
———抵抗はするけど、いつでも殺しにおいで。
低い低い、全く色彩の無いその声にシンが息を呑む。その隙に、キラは部屋を飛び出した。
狭い螺旋階段を上りきると、ちょうどアスランが通路の奥から走ってくるところで。
「キラ!」
「陛下!こんな危険な場所に護衛もつけずに…!」
息も髪も激しい戦闘で乱れ、あちこちに小さな切り傷を負ったアスランは、キラの詰問に笑って即答してみせた。
「何故だと?———お前以外に、誰が俺を守れるというんだ?」
ああ、この人の為なら己の血を流すことなど、血泥に塗れることなど何だと言うのだろう。
崇高な王への敬愛と、殺戮者となった己の罪深さに押し潰されそうでも。
生を望みながら死をも望む二律背反。だが、それすらも覚悟の内だ。
さあ、また死地に赴き、人を殺し、血を浴び、罪を負おう。
———我が愛する主の為に。
END
お題をコンプしたのはこれが初めてかも!?
最終話だけ長いとか、シン放置プレイとかは気にしない方向で…。
とりあえず自分はキラが大好きなんだと分かった5話でした(笑)